省エネ空調の研究(その1)
2017年05月10日
ビル空調システムにおいては、ヒートポンプによって冷水あるいは温水を作り、各室に回して、室内の空調ユニットで全館冷暖房を実現しています。(ある程度の規模のビルまでは、個別空調で対応する場合も多いです。)ビル空調の運転に必要なエネルギーの大部分はヒートポンプの駆動電力であって、全体の約90% を占めます。それ故、空調システムの省エネルギー化は、ヒートポンプの効率の向上が重要なポイントです。しかしながら、現在の大型ヒートポンプの設計と運転については、究極の高効率化が進められており、これ以上の効率アップが困難な状況です。一方、建物内の配管による冷水または温水の配送には全体の3~5%程度のエネルギーが消費されています。この冷水または温水の循環動力を低減することが検討されてきました。特殊な分子構造を持つ界面活性剤をごく微量添加した、いわゆる機能性流体を循環させることにより循環動力を80%程度削減できる技術が開発されてきました。これにより全体の約2~4%の省エネルギーが達成できるので、国内外での検討が進んでいます。このような省エネルギー技術の開発は過去50~60年の研究の歴史があり、このブログのシリーズでは、何回かに分けて研究開発の経過を、一般の人に分かりやすく説明したいと思います。
配管の中を温水または冷水が流れる場合のエネルギー消費は、主にパイプの中の液体の乱れによって生じます。一時期テレビの番組で、30人31脚競争というのがよく放映されたことがあります。小学校のクラスの仲間が30人単位で一列に並んで二人三脚のように隣の人と足を結んで、歩調を合わせて一斉に走り出してゴールするまでの時間を競うという番組でした。誰も転けずにゴールすれば良いのですが、歩調が揃わずに乱れた結果、倒れたり、列を作り直したり、余分のエネルギーを使うことになります。実際のパイプの中の液体も、隣り合った分子同士が二人三脚のように一斉に流れているのです。でも、パイプの壁に近い部分は、壁との摩擦で減速されているので、どうしても歩調が揃わずに分子が転けてしまいます。それぞれの分子は隣り合った分子と相互作用があるため、壁近くの分子が転げるとその動きがパイプの前断面に波及して、大きい乱れとなってエネルギーを消費することになります。
ところが、約60年前(第2次大戦の終了後)、トムズさんというアメリカの化学会社の技術者が、分子量の大きい高分子の溶液を一つのタンクから別のタンクに移す装置を設計するように、上司から命令されました。トムズさん実験装置の中に高分子溶液を流してデータを取り、移送用のポンプと配管システムの設計を行いました。その過程で彼は、従来報告されているポンプ輸送の予測式と彼の得たデータは合わないことに気づき、この結果を国際会議に発表しました。発表当時は、彼のデータは余り注目を浴びずに、その後、彼は会社の中で別の研究に移っていきました。約10年後の1960年代になって、このブログの最初に書きました省エネルギー技術への応用が実現するのではないかと注目を浴びることになりました。この現象は省エネルギー技術だけでなく、潜水艦から発射される魚雷の高速化、高層ビルへの消防ポンプからの放水到達高さの増加など、多くの実用的な応用が考えられ、研究者の注目が集まりました。このような研究を行う際に、二つの攻め方があります。一つは、トムズさんの研究例を手本に、類似した分子構造の物質を、冷水または温水に溶かして、省エネルギー効果の高い物質を見つけて実際の省エネルギーシステムを設計すると言う方法です。これは、多くの人出と資金をつぎ込んで、手っ取り早く結果を出すには現実的な方法です。しかし多くの研究者は、なぜ、このような省エネルギー効果が発生するのかを探求して、その効果を生じさせる添加剤の分子設計を検討しようとしました。後者の方が、研究者としての王道でしょう。
これまでのパイプの中の流れの研究から、上の図に示したように、ポンプなどによって与えられたエネルギーは壁の近くの摩擦と不安定性から、渦が発生(子ども達が一列になって走っていて、誰かが転げるとみんながつられて転がるのと一緒です)して、その渦運動によって流れが乱れ、エネルギーを消費することが分かっていました。それなら、竹筒の中のトコロテンを押し出すように、つるつるっと流せばよいとも考えられます。ところが実際の流れでは壁との摩擦があって、冷水や温水は壁との間をスリップして流れることができません。
一方、皆さんが台風の大きい渦をテレビで見ると、直径が何百キロメートルもの一つあるように思われるでしょう。でも皆さんが台風の中に入ると、近くには竜巻のような風も吹いているし、もっと小さい渦も巻いていて色々の物を吹き飛ばしています。これは単純な大きい渦の中には階層的にもっと小さい渦がたくさん含まれていることを示しています。大きい渦の巨大なエネルギーは、だんだん小さい渦を作ることに使われ、最後は地上の物体との摩擦や、空気の中の微小な渦同士の摩擦によって消費され、台風は消えていきます。
それでは、最初の話に戻って、パイプの中の温水や冷水を流す時の状態はどのような渦を作って、どの様にエネルギーを消費しているのでしょう?残念ながら、皆さんが透明なパイプの中に透明な温水や冷水を流しても、何も見えません。中がどうなっているのかを見えるようにすることを、「流れの可視化」と言います。最近では科学の研究以外のところでは、「見える化」と表現される場合が多いようです。
次回は、研究の第1歩として、「透明で見えないパイプの中の渦の流れをどのようにして見えるようにするのか?」という課題を解決する方策を説明したいと思います。(HU)
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