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環境サロン「自然科学における世界観と、仏教の世界観との対比」薄井洋基さん(神戸大学名誉教授)の概要です。

2015年12月21日

今年度第13回の環境サロンは標記の演題で、平成27年12月18日、新川ふれあいセンターにて開催されました。
 薄井先生は、山口大学工学部教授から平成8年に神戸大学に移られ、その後工学部長、副学長も務められたあと、現在は宇部にお住まいです。工学部長の時代に当時世界一のスーパーコンピューターを神戸に導入された経験もお持ちです。
工学分野の研究教育活動を通して体得された「論理的、決定論的世界観」と、大学の運営に関わられた60歳代を通して培ちかわれてきた「論理を超越した仏教的慈悲の世界観」の対比を興味深く伺いました。
以下概要です。とくにレオロジーの専門的なお話の部分など、正確を欠く部分があると思います。議論の部分も適当に脚色を入れています。不都合なところがありましたら、ご指摘いただければ幸いです。

 まず子ども時代から、現在に至るまでの来し方を振り返り、大学時代の研究生活、50代後半からのマネジメントの時代、引退後の仏教的生活にひかれている時代を、水の相変化に模して固体の氷、液体の水、気体の水蒸気と表現され、ほぼ論語に言う、志学、而立、不惑、知名、耳順、従心の経過をたどってきているとされた。

 小学校4年生のときに、股関節カリエスになって、身障者になり、挫折した経験は大きかった。小学校は7年かけて卒業し、中学、高校は補助具を付けた生活を送り、大学になって補助具なしに歩けるようになったとのこと。

 大学ははじめ医学部も考えたが、体の状況も考えて、断念し、色々迷った後、ものづくりで人の役に立ちたいと工学部の化学工学科を選択した。
 学生時代から、多くの先生方ほかの、印象に残る言葉を受けてきた。
まず四国の八十八ヶ所巡礼の地で育ったので、「報恩」、人に優しくする習慣を身につけた。小学校の校長先生の「若き命、・・黙々とおおらかに道を急げ 君ら旅人」、中学校の先生の「大学へ行ったらヘッセの「ガラス玉演戯」を読め」、大学で「停年後に粗大ごみにならないよう伏流水をつくっておきなさい」、「40になったら般若信行を唱えられるようになれ」、「PPKよりPKKを」など。

研究室は水科先生を選び、ドクターコース進学を志したが、「非ニュートン流体をやれ」と言われただけ、しかしロシアのキエフの先生の部屋で1枚のカルマン渦の実験をみて、なにかの物質を入れることで、渦が消えると言うことに興味を持ち、テーマが決まった。
 その後、希薄高分子溶液の乱流抵抗低減現象の理論的解析と空調システムの省エネルギーへの応用の研究でドクターを取得した。
 さらに一つの到達点として、粒子の凝集性を含む非ニュートン流体についてUsuiのチキソトロピーモデルを提示した。ドクター論文を指導した16名のうち半分はこれに関連した研究である。

マネージメントの時代には、神戸に大型スーパーコンピューター「京」を神戸に導入しできたことが大きく、またそれに隣接して神戸大学総合研究拠点も実現させた。

流体力学で初期値と境界条件を与えることにより先の予測ができるということも体感できたが、同時に、熱力学のエントロピー増大の法則では、この世界の不可逆性、覆水盆に帰らずということが非常に印象に残る。
 さて、20世紀の大きな発見として、1)ビッグバン理論とハッブルの法則(天体が我々から遠ざかる速さとその距離が比例すること)2)遺伝子ゲノムの解明 があり、前者からは光速度で膨張する宇宙の果てには何があるのか、「空」なのかといったようなこと、後者からは太古から流れる生命の連続性が実感でき、仏教の世界観とつながりがあると考えられたようである。

自分の周りの宇宙はどんどん膨張して遠ざかっていく、他の人にとっても同様だが、このようなスケールで考えると、考え方の違う人の間の共生も、むずかしくないのではないかという認識を示された。

「生きていれば それでよしとする 夾竹桃残花」は高校時代の先生の句である。夾竹桃の残花というところに、「PPKよりPKK」に通じる心がある。

 最後に真宗の読経の後によく称えられる偈文(廻向)「願似此功徳 平等施一切 同発菩提心 往生安楽国」を示され、自分の気持ちを託された。
 

質疑:
Q:PPKは分かるが、PKKはなんですか。
A:ピンキラコロリです。

Q:なぜ、夾竹桃残花なのかあまりイメージの良くない花だが。 
A:夏に咲き誇った夾竹桃の花が、秋にもまだ咲き残っている。そこに、人の晩年の輝きを見る思いが重なります。

Q:廻向の文の意味は
A:「願はくは阿弥陀仏の功徳をもって、平等に一切に施し(共生の心を持って)、私もあなたも菩提心を発して 浄土に往生したい」と言う、共生と往生の願いではないでしょうか。

Q:中学校の先生が、ヘッセの「ガラス珠の演戯」を読むのは何故、「大学に入ってからといわれたのか。
A:難解だったからか。まあ、本は小学校の時から、良く読んだが、最近の若い人は本を読まない。研究室の学生達でドストエフスキーを読んだ人は一人しかいなかった。
C:若い人達の間でどんどん本離れが進んでいるようだ。

Q:小さいときから、母親から浄土真宗の話をよく聞かされていた。学生時代には吉川英治の「親鸞」を読んだ。70歳を過ぎて、やはりもう一度そういう世界に帰る時期になってきたかと思っている。先生は何故禅宗に惹かれるのか。
A:まあ、ことの成り行きか。周りの先生の影響もあって禅宗の本を良く読んだ。法然や親鸞も読んだが。
C:自分は真宗の僧侶だが、大学時代は禅宗の本を良く読んだ。論理的でわかりやすいから。
Q:禅宗は自力で、真宗は他力で、自力をむしろ嫌うのではないか。
A:そうだと思う。
C:真宗は他力しかないが、禅宗のお坊さんは自力とは思っていないだろう。自力とか他力にこだわる必要はない。
 また、真宗では、般若心経は読まないと教えられているが、自分はこだわらない。
 先生は、科学の世界、仏教の世界どちらもしっかり取り組まれて素晴らしいと思う。

Q:小さいときの挫折の経験はやはり大きい。自分も小さいときに父が結核で他界し、自分もその結核にかかって、死ぬかと思った。半年休学した。この時の経験は今から考えると無駄ではなかった。
A:小さいときの挫折の経験はやはり大きい。中学校のときに自然治癒力で抜け出せたことは、自分にとって大きかったと思う。

Q:振り返ってみると、まず親父の影響 自分のこども達だけでなく地域のこども達のこともよく考えていた。学校の先生でも印象に残っている人がいる。いい先生だと成績が上がった。高校の数学の先生自ら生徒と同時に問題をといている姿を見て感心した。大学では3年前期で卒業要件をそろえ1年半は色々な体験に当てた。ビジョンを持って頑張ることは大事だと思う。これからの時代、やれる人がやれることをやる人を増やしていくことが必要だと思う。
A いい先生との出会いで、その人の生き様から教えられる。体育ができなかった学生に保健の先生からディベートの練習をやらせてもらい、一年間で身についたこともある。恩師の水科先生もすごく酒をよく飲む先生で、それで研究室を選んだ。

Q:実際の競争社会では、救いを求めたいこともある。何か反省するときがあれば「南無阿弥陀仏」を自然に唱えている。
A:若いとき苦しかったとき、キリスト教も門をたたこうとしたこともある。

Q:仏教の教えは、「執着しないこと」、「捨てること」というイメージがあり、若い人に受け入れられにくいのではと思う。リタイアしてからは受入やすくはなるが、自分の生活を振り返っても、ある程度、執着しないと社会的責任を果たせない。このあたり、どうバランスとるかが、むずかしい。
C:捨てるということは、親鸞はかならずしも言っていない。競争社会で頑張る中で、こだわらなければならないこともある。人間は、悪の性質を捨てることができないけれども、往生できるというのが、親鸞の悪人正機の教えではないか。
C:仏教では、頑張らなくていいいということは教えていない。執着しすぎるのは良くないが。仏教では中道を重んじる。

Q:研究の時代→マネジメントの時代→瞑想の世界と、推移している流れを、固体→液体→気体の変化としてとらえられているのは面白い。非連続だが連続しているのだろう。
A:連続して質が変わっている水の相変化としてとらえた。最後の変化は鈴木大拙がいうようにカタストロフィー的な変化かもしれない。最後の段階でどこかでペースチェンジが必要じゃないか。

Q:私たちの見えない世界からこの世界を見たとき、宇宙の果てにいる人から見ればこちらが果てになる。自分が中心というのはおかしいのではないかという気がする。
A:あちらからこちらの世界をみれば空の世界かもしれない。

C:宇宙膨張の果ての図で、自分と自分と違う周りの人との共生について、お話しされたのは大変説得力があった。

Q:西本願寺中央仏教学院の通信講座があり、そこでは多くの人が仏教について勉強している。入門過程、学習課程、専修課程がある。年配の人、男性より女性が多い。

C:中学校の模擬面接をやっているが、生徒から、人の話を良く聴くと言うような話題も出てくる。真宗で聞法が大事という教えがあるが、そういう伝統はまだ生きているのでは。

Q:日本の仏教は大乗仏教だが、今のお寺はその意識がうすれているのではないか。
C:仏教は面白い。その面白さを伝えて行かなくてはと思う。たしかに檀家の人はお坊さんに遠慮すると言うことはある。関心のある若い僧侶も結構いる。

Q:若い人に何を伝えたいか
A:やはり「自分なりのビジョンが必要。自分の生涯のビジョンを持ちなさい」ということ、iPS細胞の山中さんは神戸大学医学部出身だが、6,7年前に一度卒業式で講演をしてもらったことがあるが、やはりビジョンを持つべきだと言われた。ビジョンを持って、黙々と脇目もふらずおおらかにとり組むということになろうか。
 それと「いい本を読みなさい」ということか。

 最後のスライドで、「自力、他力の両面を極める努力をして、その上で仏の慈悲の救いが、どこにあるのかを見極める時間的余裕は、たぶん、まだ、残されているのではないか」と考えている」とありましたが、参加者の方々も、程度の差こそあれ、同様の気持ちをどこかに持っておられるのではないかと感じました。

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